三波春夫の「お客様は神様です」
わしが4歳か5歳くらいの頃、母であるレイコさんとわし、そしてレイコさんの知り合いの3人で愛知県の長島温泉で行われた三波春夫オンステージを見に行った記憶がある。
レイコさんが自らチケットッをとってコンサートに行くタイプの人ではなかったからきっとレイコさんの知り合いのおばさんが三波春夫のファンでチケットが手に入ったのでレイコさんを誘って見に行ったのだろう。まだ小さかったわしも家に一人にしておく訳にもいかず連れて行かれたのだろう。
わしが5歳の時なら1970年でちょうど大阪万博が行われた年で、そのテーマソングの「万博音頭」で「こんにちわ、こんにちわ」と歌っていた頃は三波春夫の人気絶頂の頃だと思う。
まだ幼かったわしには三波春夫の浪曲や歌謡曲はさして魅力的なものではなく、着物を着たおじさんがニコニコしながら歌っていたという記憶しかない。ただ、三波春夫がいう「お客様は神様です。」というセリフははっきり記憶している。このセリフは当時、全国的な流行語の一種で幼かったわしもまねをして「お客様は神様です。」とふざけていた記憶がある。
「お客様は神様です。」という言葉をわしは言葉どうりの意味だと幼い頃から思っていた。お客様は神様だからお客さものいうことは何でもきく。もしくはお客様の意見を出来るだけ取り入れたサービスを行う。そういったどちらかと言えば商人的な意味合いだとずっと思っていた。
それが、違うんだと思うようになったのは、2年くらい前にNHKでやっていた「知るを楽しむ」で作家の森村誠一が三波春夫について語る番組を見てからである。
三波春夫の青春時代は日中戦争、太平洋戦争があり、三波春夫も中国へ出兵し、戦後もソ連の進行によって捕えられシベリアへ抑留されるという過酷な青春時代を送ったそうである。中国の軍隊時代には軍隊仲間の間で三波春夫の歌のうまさが評判で上司から兵隊達を励ます意味でも歌えと命じられ三波春夫は兵隊を前にことあるごとに歌わされていたそうである。そして、兵隊達は三波春夫の明るい歌声にとても励まされたということである。
そして、戦後シベリアに抑留されていたときもソ連軍の兵隊から三波春夫は歌を歌えといわれ、抑留されている日本兵やソ連の兵隊の前で歌うようになったそうである。その歌声はソ連の兵隊達にも大好評で定期的に皆の前で歌えと命じられたそうである。抑留されていた兵隊さんたちにとって三波春夫の歌は過酷な現実の中で唯一の慰めであり希望であったそうで抑留兵やソ連の兵隊さん達も本当に楽しみにしていたそうである。
じゃあ、三波春夫にとって、いつ日本に帰れるのかもわからない寒くて過酷なシベリア抑留の中で歌う事とはどういう事だったのだろうか。想像するに歌う事が三波春夫自身にとっての救いであり希望であり祈りだったに違いない。だから、三波春夫は聴衆の後ろに救いを求める神様に向かって歌ってたはずだと思う。助けてくれ、救ってくれとその神様に歌いながら願ったのではないか。だから、「お客様は神様です。」なんじゃないだろうか。正しくは「神様がお客様なのです。」「神様、聴いてください。」という気持ちで歌っていたのではないか。
その事に気づいたときになんか、愕然としたね。きっと三波春夫が持っていた天性の明るさ素直さというのはそういうところからくるのではないか。レイコさんも幼いときに戦争を経験していて戦争当時の悲惨さや暗さというものを体でしっているのだろう。だから、ある一定の年齢以上の人にとっての三波春夫の朗らかさというのは本当に胸を打つ朗らかさなのだろうと思う。幼い頃は三波春夫や美空ひばりの歌にさほど感心がなかったが、不思議なもので、年齢を重ねてきた今になるとまた違った響きで聞こえてくる。


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